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1958年4月に東京で男の子みたいに元気のよい女の子として生まれた。
六白金星・戌年・牡羊座(12星座)・魚座(13星座)・O型 白黒はっきりしていて単純な性格。

両親は当時盛んだった貸本業を営む(時代だなぁ・・・)。

その家には2歳までしかいないのだが、 かなりはっきりとした記憶がいくつもある。 ハイハイをする前(0歳)に寝かされていた場所や、 二階に住んでいた2・3歳の女の子の髪型とか、 近所の中学・高校生の姉妹がよく遊んでくれたことなど。 後年の記憶力のなさが信じられないほど。

ゆう

2歳の頃、父は兄弟と別の商売を始めるようになる。母も父の仕事を手伝うことになり、 父方の祖母・叔母、母方の祖母・伯母がその時により 私の世話をしてくれることとなる。 父方の祖母は8人もの子供を育てながら、子供は大嫌いという人で、「まったくお前は可愛くない!」と毎日のように言われて幼児期を過ごした。この頃から私の写真から笑顔が消えることとなる。4歳で「こいつには何も言わせないようになってやる。」と思ったのだから本当に可愛くないのだ。(爆)母に育てられなかったことが性格に影響したのは否めない。

子供の頃、一人になると、よく鏡を見て(ナルシストにあらず)鏡の中の自分に話すと答えが見つかった。当時は自分の考えのつもりだったが、今思えば上から言葉をもらっていたのである。自覚が足りなかったのだ。

小学校低学年で犯罪被害に遭った。その事件から解放されるには30年もの歳月がかかったが、そんな事件に遭ったにも関わらず、偏見や嫌悪感を持たなかったことで、今カウンセリングをすることができるのである。、いや、この仕事をするために事件に遭ったのだと今では思っている。

小・中学校は、渋谷区の公立校で、ブラスバンド部で フルートやクラリネットを吹いていた。 音楽は大好きだったが、才能はなかったようだ。 (笑)残念!それでも楽器を吹いているのが一番楽しかった時かもしれない。

元気一杯というほどではなかったが、大きな怪我も病気もしたことがなかった私が、中三の4月の昭和天皇誕生日(みどりの日)を境に急性腎炎で丸一年学校に通えなくなる。自宅療養で安静にと言われたが、家の湿気がよくないということで引っ越しをしたのが体に負担だったようで、かえって長引かせることとなった。受験を控えあせるが夏も布団をかぶって寝ているような状態で留年となる。越した先は目と鼻の先であったが後輩と机を並べるのも厭で、引っ越し先の目黒の公立中学に転校し2度目の中学3年生となる。(中学4年間もやって勉強熱心!!って違うかf^^;) クラスメイトは学年は同じでも歳は下、 同じ歳の友達は高校生と 居場所のなさを感じて過ごした一年間。 留年したことで、受験もまったくやる気を失い、 学校生活も友人もガラっと変った。 今となっては1年など何でもないが、 1/15年は大きいものに感じたのである。

都立高校に入学はしたが、無気力な高校生活となる。体調も完全には回復せず、気力もなく部活もしなかったため、「鐘(風にあらず)とともに去りぬ!」というくらい即行で学校の門から出る毎日。つまらなかったせいか高校内部での記憶がほとんどなく、卒業アルバムを見ても、知らない人が多いのである。(爆)

高校の頃、傍にいた人との関係で、理屈では説明できないものがあると思い、精神世界にのめりこむこととなる。とはいえ、今と違い、これほどスピリチュアルなことを仕事にしている人も多くはなく(霊能者はいたが)、PCもネットもなく、どこで何が受けられるのかも情報は限られていたのである。それに高校生がお金を持ってるわけもなく、もっぱら本を読むばかりであった。 この頃、友人が心を痛めていると、磔にあった後のキリストのように血を流しているのが、リアルに見えたりしていたが、心が傷ついているのを感じただけとまだまだ気のせいにしていた。

ほとんどの同級生が4年生大学へ行く環境の中、自分も大学へ行くものと思っていたが、受験直前に両親の離婚で断念。苦学生になるほどの根性は持ち合わせていなかった。

母方の亡き祖母は霊能者であったが、お金は一切もらわなかった。信心深い人であったので、他人のために一所懸命仏壇に手を合わせ、拝んでいるうちに解決策が見えるらしかった。 しかし、自分のことやエゴで力を使うことはまったくない人だったため、、本人の生活や親族の生活もその恩恵を受けることはなく、私自身は、精神世界に興味を持ち始めても、祖母のことは半信半疑であった。しかし 祖母が亡くなって、彼女の言った言葉を思い出してみると、総て現実になったことに気づき、亡くなる前に一生分聞いておけばよかったのにと後悔したものである。祖母には力はあっても隔世遺伝しなかったと決めつけていたので、現実以外のものが見えたり、何かを感じたりしても気のせいだと思って受け流してしまっていた。

文筆家事務所のバイトを初め、数多くのアルバイトを経験、今でいうフリーターである。

健康状態を良くしようと20歳頃からヨガを始め、玄米菜食も数年続けるが、外食ができず、友達なくすかもという理由をつけて挫折。お肉大好きだったのだ(面目ない)。 大手販売業の直営店舗の社員となり少し安定するが忙しく、腎臓を患った体には過酷で、母のやっている家業(日本料理店)を手伝うことになる。

その後結婚・出産・離婚と人生のイベントを一通り体験。

この離婚の前後より、瞑想指導を受けたり呼吸法を学んだりした。離婚時にアロマセラピストになろうかと一瞬頭によぎったが、マイナスを受けやすかったのでプロになる自信はなく、また子供をかかえ勉強に時間を割く余裕もなかったので、その直感を無視して 2歳の娘を育てることだけを考え、大嫌いだった保険の営業職員となったのである。向いていない仕事をするわけだから当然ストレスもたまる。娘のアトピーと自分の精神の安定のためにレイキの伝授を受けたのもこの頃であるし、ヒプノセラピーリーディングチャネリングシンインテグレーションなどのボディーワークなど、様々なスピリチュアルなセッションも受けるようになる。勉強にというより自分のためのセッションでいっぱいいっぱいだったのだ。 この間、現実の目には見えないものが頻繁に見えたりするようになるが、それでもまだ自分で認めていなかった。実際見えても解決できなかったので意味がないように思えた頃である。それに見たくないものばかりだったので、「見たくない!」と叫ぶと数年にわたって何も見えなくなるのである。

バブルがはじけ、終身雇用制が崩壊してくるにしたがい、保険のお客様の中に、鬱などで長期に休職される方が何人もいらした。 鬱の方のお話を伺ったり、バリバリお仕事なさってる方からの身の上相談も受けるようになった。 お客様から、「お蔭様でうまくいったよ。有難う。」という言葉を頂くうちに、私が役立てることは保険の営業より、こういった、人の心に関わることではないのかと考えるようになった。それでも何ができるのかもわからずにいた。 そんなある日、突然「ヒーラーになる!!」という言葉がおりてきた。 まさに、おりてきたという感覚であった。なりたいなら分からないでもないが、なる!と言われても、いったい何ができるのか・・・。 そんななか、友人に誘われて行った場所で、偶然が重なり(必然だ!)、とても素晴らしいヒーラーYさんと出会う(本人は主婦のマッサージ屋と言ってはいるが・・・)。 その方から改めてレイキのアチューンメントと、その他のヒーリングの技法やマイナスを受けない方法など多くを学んだ。 「本来ならもっと前からやって私の先生になるはずの人だったのに、なにをぐずぐずしてたの?早くやりなさい。」という言葉にその気になって(重たいお尻を押されて)・・・ まずは保険の仕事をしながら出張でヒーリングをするように。 しかし、ヒーリングも保険の仕事も中途半端がいやで、苦手な仕事でありながらお客様に支えられて12年半も勤めた保険会社を退職。 娘は高校受験のさ中、これから学費がかかる時、ファイナンシャルプランナー(だったのだ)として冷静に考えれば無謀であった。お客様にご相談受けていたら反対したに違いない(笑)。いつもは石橋を叩いて叩いて叩き壊して渡れないのだが、叩き壊して後ろを見たら、火の海で川に飛び込むしかなかったのである(爆)。

子供の頃から大人になったら何かになりたいなどの夢がまったくなかった。40過ぎて、生まれて初めて自分のやりたいことがみつかったら、好きではない仕事をしていられなくなったのも事実である。 保険会社の時のお客様に応援して頂いたり、ヒーリングで出会ったクライアントの方々に励まされ、セッションをすることで更に学びながら、一歩づつ進歩・変化させて頂いてるように思う。 本当に有難いことだ。 現在も更にステップアップするべく学びと実践の日々である。

池尻に癒羽をOPENして数年が過ぎたが、ヒーリングよりカウンセリングに比重がかかるようになったり、セミナーの充実などから、私の役目は単にヒーリングをするということより、多くの人にスピリチュアルなものの考え方をお伝えすることだと思うようになった。受講者の方の進歩・変化していく姿を見るのが本当に嬉しく幸せを感じる。

今ここでこうしていられることに 感謝の日々である。

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